2003年7月15日より出勤時間を通常の9:30から2時間早めるサマータイム制を「個人的」に導入した。厳密に言えば終業時刻も2時間早まって16:30になるはずだが、ほとんど毎日10〜12時間働いている状態なので、実際に帰れるのは20時頃である。以前は22時だった。
子供の頃から夜更かしが好きで、朝が苦手だった。だから、長い間自分は夜型人間で、夜になるほど能力が発揮できるなどと思っていた。が、どうやらそれは間違いだったらしい。朝早くから体を動かす方がずっと体調がよい。当たり前のことかもしれないが当たり前のことが当たり前になっていなかった。人間は明るいうちに活動すべきである。日中の作業に最適化された体の構造であるからこそ、夜の闇が持つ言いしれぬ魅力と恐怖を感じることができるのだ。
サマーといわずオールシーズンこれで行こうと思う。
2003.08.08. tak
『ビッグイシュー日本版』創刊。さっそく梅田で購入した。ホームレスの人しか販売できない雑誌。定価200円のうち110円が販売者の手元に残る仕組みになっている。理屈抜きでこういうことはうれしくて楽しくなる。次も買おうっと。折しも今日は梅田界隈、大変なことになっていてお祭り騒ぎ。阪神百貨店から延びる列は地下から地上へと這い回る。
「こんなに客いたら売るもんみんな無くなるんちゃうか?」
「そしたら向かいの阪急から持ってくるねん。」
「それでも足らんかったら、阿倍野行って君とこはもう見込みなさそうやからええやろ言うて奪ってくるんやな。」
「・・・怒られるで。」
2003.09.16. tak
携帯電話を解約しました。利用頻度は非常に低かったのだけど、それでも5年以上持ち続けていたわけで。どんな影響がでるのか、でないのか。
携帯電話はとても粗雑なコミュニケーションツールです。それへの強度の依存は自己の表現能力を奪うような気がするのです。
追記:近年稀にみる傑作ドラマ『すいか』が終わってしまった。土曜日の夜が寂しくなる。
2003.09.20. tak
会社の同僚が転職してゆくことになった。5年も同じ職場にいればこういうことはもう珍しくもなくなっているはずなのに、久しぶりに衝撃を受けてしまって一日仕事にならなかった。
いろいろと考えた。いや、いまでも考え続けている。
2003.09.22. tak
ほら言わんこっちゃない。9/17の朝日新聞夕刊に載ってなかったら危うく観損ねてた。「ナイン・ソウルズ」。小さな映画館、火曜日は男性サービスデーで1000円なのに満員じゃないのはなぜだ。中途半端な無料の娯楽が世の中に溢れ出し本物に誰もお金を払わない。2時間分、自分の中の何かが崩れて流れ出し、代わりに新しい何かがズボっと入り込む。それが娯楽だ。金を払おう。
自分が好きなモノや信じるモノに支払おう。残したいモノにも支払おう。支払えるモノと相手があるということは幸せなことなのだ。ちゃんと選んで支払おう。
「ナイン・ソウルズ」。観終わった後、何かと語りたくなる映画。
2003.09.23. tak
電車の中吊り広告を付け替えているおじさん。仕事帰りのこの時間、時々見かける。いつも同じようなくたびれたシャツとズボン。動く車両をテレンテレンと歩きながら、中吊りを交換していく。決して素早い動きでは無いのだけれど、カチャッ、ペロッ、シュッ、カチャッという手さばきは常に同じリズムを刻んでいる。テレンテレン、カチャッ、ペロッ、シュッ、カチャッ。またテレンテレン・・。簡単そうに見えるけどなにしろ動いている電車での作業。素人の私がやったらきっと広告を落として床に散らかしたり、どっちを外してどっちをつけるのかわからなくなったり、とにかく大変なことになるだろう。そう思うとなぜかとてもうれしくなる。ゆっくり淡々と全体として最適化された手順でリズムを刻み続ける。技とはそういうものだと思う。それを見ているのが楽しい。
ところでおじさんの持ち歩いている使い古された踏み台が気になる。報道カメラマンが使う小さな脚立のような踏み台。何度も乗っているので木製の天板の角が取れてまあるくなっている。触ってみたい。
そう。冷静に考えてみると電車の中で踏み台に乗るだけでも大変なことだ。
2003.09.25. tak
予約しておいた小津安二郎のDVDが届き、慌ててDVDプレイヤーを買いに行くという泥縄をやる。ビデオと同じようなものだと思っていたら、「プログレッシブ」だの「DVD-RW再生」だの言われて店でも慌てる。結局、一番無難そうなソニーのやつを購入した。これで今週は、たまった代休を使って小津三昧だ。買っておいた『小津安二郎全集』もようやく読める。秋がつくタイトルがやたら多い小津。これからがまさしく彼の季節だ。生誕百年をじっくり楽しむ。
一方、通勤では中島らもを続けて読んでいる。「小人の大名行列」「ピンクの象」「頭が破裂して、破片を集める」など、アル中の描写がたまらなく良い。こんなのを読みたがるのは、いわば「“アル中”中毒」。しかし、おかげで、酒の飲み方が少し落ち着いたような気がする。ある程度でブレーキがかかる。年のせいもあるけれど。
2003.09.28. tak
すっぱムーチョ。先日、テレビでやっていた「ピンポン」を見て、菓子ジャンキーのPECOが食べていたので懐かしくなって買ってみた。
いやこれほんと酸っぱいよ!
思いっきりむせてゲホゲホやった。挙げ句の果てに気胸の手術痕の傷まで痛くなってたいへんだった。パッケージをよく見ると「超すっぱムーチョ」。どうやら過去に私が食べていたものから数段パワーアップしているようだ。これはもはや体に悪い。恐るべし湖池屋。一緒に買った「激カラムーチョ」を開けるべきか本気で悩む。
2003.10.02. tak
今年は山ほど映画を観ています。一言コメントで紹介します。
「28日後...」
灰色のざらりとした映像が格好良かった。軽い音楽も合っている。意外にもこれが今年一番ではなかろうか。tak
「氷海の伝説」
イヌイットに興味を感じる人、必見。ma
「ナイン・ソウルズ」
オープニングからタイトルまでの流れが最高。tak
「アダプテーション」
この何者でもない感じがチャーリー・カウフマンなのだろうか。tak
「ファム・ファタール」
「トリッキーな映像世界でおなじみのブライアン・デ・パルマ」ということで期待していたのだけど、もひとつでした。tak
「夜を賭けて」
面白い。すごい映画だ。過剰で暑苦しい演技も映画だと許せる。シナリオ、カメラ、何から何まで荒っぽいけどそれでも引き込まれるには何かあるんだと思う。山本太郎はやはり良い役者だ。tak
「HERO」
ちょっと期待外れ。ワイヤーアクションの「ため」が演劇風で映画っぽくない。tak
「フリーダ」
良かった。色彩が心地良い。音楽が、響く。ma
「リーグ・オブ・レジェンド」
どうでもよい題材にここまでクオリティを追及するのが凄い。良くできてるけど面白くはないです。tak
「ターミネーター3」
ひたすらアクション。tak
新型ターミネーターの女優さん、すっごいピカピカキレイ。ma
「マトリックス・リローデッド」
良く撮ったなこんな画。tak
「ライフ・イズ・ジャーニー」
Panasonic AG-DVX100で撮って、FinalCutProで編集だそうで。tak
「ヤマムラアニメーション図鑑1」
面白いです。でも映画って感じはしません。短いからかな。tak
「ボウリング・フォー・コロンバイン」
アメリカ人って本当に本気で「銃を持てば安全」と信じているんだなぁと思わせる映画。そういうある種の真面目さはテロルの考え方と似ている。tak
「座頭市」
面白かったです。でも勝新の方がやっぱり強そう。tak
おもしろかった。音楽、たのしい。ma
安心して勧められるのは「座頭市」。でも「28日後...」「ナイン・ソウルズ」の方が好き。
2003.10.03. tak
「アテ」という言い方は関西特有なのだろうか。宇都宮にいた頃には一度も聞かなかった。要するに酒の肴のことである。
最近はチャンジャという韓国の塩辛のようなものを好んでアテにしている。タラ(正しくはスケトウダラ)の胃袋(腸?)を唐辛子(コチジャン?)で漬け込んだものらしい。こりこりとした歯応えに胡麻の風味が利いていてとても美味い。
チャンジャをちびちびやりながら飲んでいるのが「我は海の子」という薩摩の芋焼酎。友達に勧められ探して買ったのだがこれまた美味い。甘く爽やかな香りが良い。これまで飲んでいた焼酎はほとんど麦だったのでまた新しい酒の味を知ることができた。その友達、大阪・豊中出身なのだが聞いてみると元は鹿児島の家系で「焼酎は芋しか飲まない」という筋金入り。納得して感謝。
2003.10.04. tak
たい焼きアイス。ちゃんと芳ばしい焦げたたい焼きの香りがするのには驚いた。恐るべし井村屋。
大口開けて囓る寸前、もなかの中がカチンコチンのあずきバーだったらどうしようかと一瞬逡巡した。実際はバニラアイスとつぶあんだった。
「あんこがたっぷり入った甘党の人に満足してもらえるアイスモナカです」って、あんこが入ってないアイスでは満足できないのか。恐るべし甘党。
2003.10.10. tak
土曜日に「天神さんの古本まつり」に行ってきた。大阪天満宮の境内で開かれる古本市だ。
連休中に読めそうな本があれば1〜2冊安いのを拾っておこうとぶらぶらしていたら、ウィリアム・バロウズ「ジャンキー」を見つけた。隣にギンズバーグがあったので、この店はこの辺が得意なのかなと棚を見渡すと「ソフトマシーン」も出てきた。バロウズはいざ探そうとするとなかなか出てこないので、見つけたときには買うことにしている。
このバロウズでスイッチが入ってしまった。一気に集中力が上がって、棚を端から眺め回していく。本の背の著者やタイトルから断片的に文字を拾いつつ、棚から棚、店から店へと移る。本の斜め読みならぬ本棚の斜め読み。
結局、澁澤龍彦、安部公房、内田百けん(“けん”は門構えに月)など合計15冊ほど買ってしまった。重くて持ち帰るのに苦労した。
2003.10.13. tak
手伝いを兼ねてふらふらと遊びに行っていた『ワールド・アートギャラリーin京都』。いろいろな人に会うことができてとても良かった。ありがとうございました。
会場では私はちょっと場違いで不思議な、どこか取り残されたような雰囲気の中、ぼんやりと「幸せはとても個人的なんだ」と考えていた。それはなぜか気分の良いことだった。そうだ、幸せはとても個人的なことなのだ。
2003.10.28. tak
つい先日自宅近くに映画館ができた。徒歩15分。いまだかつてこんなに恵まれた住環境に身を置いたことはない。なんといっても晩ご飯を食べたあと散歩のついでにレイトショー割引で観られる。しかも見終わったあと11時半にはもうくつろぎの我が家でパジャマに着替えて映画の興奮を思い出しながらバーボンのロックグラスを傾けられるのだ。こんなに幸せなことはない。
というわけで早速『キル・ビル』。
激務続きで傍目にも「映画観るヒマがあったら休養を取った方がええんちゃう」と思われる状態の友人が「めっちゃいい!もう一回観に行きたい!」と力説していたので期待して。でもあまり期待しすぎるとたいていがっかりするので期待しつつも期待しないようにしていたのだけどいやもうなんというかそれどころじゃなかった。
恥も外聞も無く告白してしまうとクエンティン・タランティーノ監督作品を観るのは実は初めてだ。で、ものすごく後悔している。なんと言うことだ。『パルプ・フィクション』ってどんなのですか?なんてきっとまぬけな質問に違いない。取り返しが付かない。いやもうほんとに。
ほんとすごいすごいすごい。この監督はきっと思いっきり楽しんで映画を撮っている。たぶん快楽の渦の中にいるにちがいない。産みの苦しみとか創作の苦悩をまったく感じさせない。すごい。
『28日後...』を抜いて今年の一番のおすすめ。
いいなあ。私も映画作りたいよ。
2003.11.02. tak
今日は朝から雨が降っていたので出かける予定だったのをやめにした。大阪南港での陶器市で今日までだった。知人に無料の招待券をもらっていたのだが今回はやめにすることにした。毎年やるそうなのでまた来年のぞいてみようと思う。そのかわり今日は家で映画を観ることにした。小津安二郎の『麦秋』である。
毎回驚くのだけれど小津安二郎の映画は同じような内容の話を同じような役者が同じ役名で同じようなセリフで演じる。タイトルまで似ていて区別が付きにくい。大した事件が起こるわけでもない。毎度同じく誰かが嫁に行くだけだ。
それにもかかわらずどの作品も強烈に引き込まれてしまう。淡々と進む物語にどっぷりと浸かり気が付くとちゃんと登場人物に感情移入している。驚くばかりだ。
この『麦秋』できらめくような高揚感と開放感を与える1シーンがある。それを作り出しているのが杉村春子という女優だ。小津安二郎がもっとも信頼していたというこの女優がたった1シーンで寂しさと不安の中から期待と驚きを経て一気に歓喜へと観客を誘う。淡々と粛々と進む物語の一瞬の輝き。鳥肌が立った。
昨日見た『キル・ビル』とこの『麦秋』が同じ「映画」という二文字で表現できてしまうことにぞくぞくするような可能性を感じる。
2003.11.03. tak
11月2日の「diary or essay?」で『キル・ビル』がわたしが初めて見たクエンティン・タランティーノ監督作品だと書いたけれど間違いでした。すみません。
調べものをしていて思い出した。私は『ジャッキー・ブラウン』を観に行ったのだった。その頃も馬鹿みたいに映画ばかり観ていた時期でタランティーノ作品であることはあまり意識してなかったと思う。覚えているのは展開のリズムが良かったこと。結構気に入っていたはずだ。
私はストーリーを追いかけるような映画の見方をしないので「どんな映画だったか」をうまく人に説明することができない。「画の雰囲気が良い」「このシーンが気持ちよかった」「あのカットが格好良かった」「音(サウンドエフェクト)が良かった」というのが精一杯。
時々、延々と筋書きを話し続けられる人がいるがそれでほんとに楽しかったのだろうか、没頭できたのだろうかと思ってしまう。映画の見方も人それぞれだ。
2003.11.07. tak
今週はちょっと重たい仕事が詰まっている。気合いを入れてなんとか乗り切りたい。それが終わったらもうすぐ師走。忙しくなってきた。でも忙しいときほど余計なことをやりたくなる。アイディアも沸く。少し新しいことを考えてみよう。
2003.11.09. tak
昨日は東京出張。空いた時間に東京国立近代美術館フィルムセンターに行ってきた。小津安二郎と清水宏の映画の上映があるからだ。小津と清水は奇しくも同じ年に生まれている。ちょうど100年前だ。
まず小津監督の代表作『東京物語』。前売りを買っていなかったので当日券販売の列に並ぶ。普段の映画では見られない光景、高齢者が多いのだ。「小津さんの映画はここですか」と杖を付きながらゆっくりと歩いてくる。彼らが若かった1953年にこの白黒映画は封切られた。50年後にもう一度観たくなる映画なのだ。
私は映画館では大抵最前列で観る。首が痛くなるのだが視界から溢れるぐらいに広がるスクリーンが映画の醍醐味だと思っているからだ。見上げるという行為はその対象に畏怖を感じることでもある。家庭のテレビ画面にはできないことだ。
その最前列、私の隣に眼鏡をかけた高齢の男性が座られた。そのさらに隣には若い男性がいた。この二人がちょっとした騒動を起こした。
隣の高齢の男性は手に名刺大の紙切れと3センチほどまでちびた鉛筆を握っている。映画が始まると時折その鉛筆で紙切れに何かを書き付けている。ひょっとすると映画関係者だったのかもしれない。シーンが変わるたびにカリカリと音がする。私は特に気にならなかったが向こう側の若者は気になったようだ。ついには「さっきからカリカリうるさいよ!」と小声ながらかなりきつい調子で注意した。おじいさんは何度か頭を下げている。しかししばらくするとまたカリカリと始まる。また注意を受けて頭を下げる。そんなことが繰り返された。
やがて汽車の中の原節子が懐中時計をそっと握りしめる。尾道の明るくのどかないつもと変わらぬ無慈悲で同時に慈悲深い風景に変わり大きな「終」の文字が表れる。場内に灯りが戻る。
どうするかなと何気なく隣の様子を見ると、おじいさんは一度立ち上げりかけもう一度腰を下ろしひと呼吸してから立ち上がるとそのまま「すみませんでした」と深々と頭を下げた。若者はどうやら恋人と来ているらしく二人で帰り支度をしていておじいさんに背を向けていたのだが、その声を聴くと振り返りはっとした様子で「こちらこそ細かいことを」と何度か小刻みに頭を下げた。最後におじいさんが「本当にお恥ずかしいことです」と言って二人が別れたとき、もし他の監督の映画だったらこの会話はあったのだろうかと思った。小津安二郎だからこそできたことに思えた。スクリーンが消えた後、ほんの少しだけその世界が現実にも流れ出したような心地よい錯覚を覚えた。
さて、次は清水宏監督の『蜂の巣の子供たち』。恥ずかしながらついこの間、朝日新聞に載るまで名前すら知らなかったこの天才。ものすごい映画人だ。人の喜怒哀楽をつかんで振り回すことをいともたやすくやってのける。まだまだたくさん知らなければならない、観なければならないとため息が出た。
2003.12.01. tak
ようやく『マトリックス・レボリューションズ』。間違いなく現在最高峰の映像技術を駆使した映画です。いやもう言うこと無し。ここまでくればまるでまるでまるで、
実写版ドラゴンボール・・・。
空飛んでまで殴り合わなくても良いです。
2003.12.17. tak
二週間ほど前のことです。職場でウェブデザイナーに変なカメラを教わりました。ロシア製のSUPERSAMPLERです。20年前かよ!と思うような妙な色の写真が撮れるんです。しかもなぜか4連写。レンズが4つついてる。ファインダーなんかはじっこについたただの小さな枠。何が撮れているか分からない。そもそも本当に撮れているのかもわからない。そんなカメラ。こう言うの大好きなんです。話を聞いた直後に駆け足で買いに行きました。
5,800円でした。箱から出した時の感動。プラスチック。軽い。これでほんとうに撮れるのか。
ちょうど翌日から栃木へ行くことになっていたので、持っていくことにしました。軽いので気楽にコートのポケットに入れて。このときこんな単純なカメラだからマニュアルはいらないやって家に置いていったのが、後で問題を引き起こすわけです。
家を出てから適当に撮り始めました。でも何が写ってるかさっぱりわかりません。適当に被写体のほうへレンズを向けてカメラを動かしながら撮るだけ。シャッターを押した後、次を撮る前にひもをジーってひっぱるんです。ガシャガシャガシャガシャ、ジーーーーって。
やがてフィルム一本分撮り終わったので、交換です。でもマニュアルがない。どうやるのかよくわからない。きっと巻き戻しレバーを矢印の方向に回せば良いはず。ん、固い。でもこれで良いはず。ぐいぐいバキッ。あ、回った。というわけで撮り終わったフィルムは無事取り出せ、新しいのを入れたら、なぜかシャッターが押せない。しかもひもを引っ張ったら本当はバネでもとに引き込まれるはずなのに延びたまんま。壊れちゃいました。
どうやらさっき巻き戻すときに本当は「巻き戻しボタン」なるものを押しながらレバーを回さなきゃならなかったんですね。それを無理矢理やったので壊れました。買ってから3日目、撮れたのはフィルム一本だけ。悲しかったです。
一応1年保障がついているので、壊した状況を説明し「もし交換してくれたら嬉しい」という内容の手紙を付けて販売元に送ってみました。駄目だったら新しいのを買うつもり。
寂しく手元に残ったフィルムを現像・プリントしてみるとちゃんと撮れてました。濃厚な雰囲気。空の雲の色、特にフィルムの端の光量が落ちてるところが最高です。もっと撮りたい。でも撮れない。
というわけで寂しさを紛らわせるために他のおもちゃカメラの情報を調べ始めたわけです。どうやら他にも結構あるんですね。この手のカメラ。特に中国製のHOLGAってのが気に入りました。なにしろ3,900円。安い。
寂しさのあまりつい注文しちゃいました。面白いことにその数時間後にSUPERSAMPLER、新しくなって戻ってくるのです。Lomography
Japanの方、すみませんでした。ありがとうございます。 嬉しいです。
で、今日、近くに猿で有名な滝があるので年賀状用に撮ろうと友人といっしょにSUPERSAMPLERを持って出かけました。この友人がまた変わっていて同じLOMOのLC-Aというカメラをもう5年も前から使っているのです。結局猿には出会えませんでしたがいわゆる猿のようなものはいくつか撮ることができました。
で、帰ってくると宅急便。もしやと思って出ると来ました来ました。HOLGAです。箱を開けるともうこれがSUPERSAMPLERの比じゃなく安っぽい。カメラというよりプラモデルです。さっそくフィルムを買いに行きました。普通の35ミリじゃなくて大判のブローニーってやつなんですが、DPEでは扱ってなくて、街角スタジオなところで無理矢理分けてもらいました。で、ちょっと苦労しながらフィルムをセット、夕暮れで暗くなってきたので慌てていろいろ撮りました。これもどんなのが撮れてるのかわからないけれど、もう浮かれてしまって10枚ぐらい撮った頃でしょうか。またやらかしました。
右手にもって歩いていたらガチャン。電柱にぶつけてアスファルトに落として裏蓋が外れてフィルムが飛び出して目の前が真っ暗になりました。粗忽者ですな。情けなくなります。
フィルムは諦めて本体を調べてみるととりあえず問題なく動くようですが、いくらおもちゃとは言え一応カメラです。壊れてるかもなぁと思って、家に帰ってきました。
ネットで調べてみるとどうやら簡単に分解できるらしい。しかも、レンズを明るくしたり、サイズを大きくしたり、フィルムの巻太りを押さえたり、光の漏れを防いだり、そういうことが簡単にできる。いや、やらないとまともに写らないらしい。というわけで、早速分解しました。こう見えても機械工学専攻です。分解は得意です。分解は。
さっきまで落ち込んでいたのはなんだったのか、こうなってくると俄然楽しくなります。で、とりあえず今すぐできそうな改良としてレンズを明るくしてしまいました。といってもレンズの裏にくっついてる輪っかを外しただけですが。ノーマル状態での写りも知らないままいきなり改造です。
分解は得意ですが組み立ては苦手なので慎重にやりました。と言ってもねじ3本締めるだけ。でも一回失敗しました。シャッターが切れなくて慌ててなおしました。明日はサッシ用のクッションテープでも買ってきて巻太り防止装置を作ろうと思います。ほんとに撮れるのかなぁ。
SUPERSAMPLERで撮った写真たち。
2003.12.21. tak
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